200km/h in the wrong lane

 何もかも「がらんどう」な夜だった。裸の王様が居なくなったCGS――クリュセ・ガード・セキュリティの本部に、本来なら部外者であるところのは佇んでいる。火星の夜は、とても静か。風はあれど揺れる木々は少ない。ほとんどの大地は荒廃している。赤茶けた土壌は老人の膚のように捲れ上がり、うるおいを求めて必死に叫ぶ。澄んだ夜空にまばらに散らばる星の瞬きを見上げ、は長い息を吐いた。
 嵐が暴虐の限りを尽くしたあとの、静寂だ。
 ギャラルホルンの襲撃をすんでのところで退けたのが、きょうの夜明け。以後、CGS社員たちは再び太陽が沈むまで戦場の後処理に追われ続けた。息を止めた頭部、四散したモビルワーカーの残骸、どす黒い赤に沈む腕。仲間だった人間の、死した身体。それを地獄と呼ばずに何と言うのか、は知らない。
 には、武器商の叔父がいた。彼につき、部下として火星中を巡るのが日常だった。そして今回、幸か不幸かこのタイミングで、取引先のひとつであるCGSを訪れていた。を置き去りにし、脱兎の勢いで一軍と逃げた叔父は、今では物言わぬ殻となって死体袋の中に納まっている。
 火星の大人というのは、嘘だけを吐く生き物だった。
 CGSに残されたのはよるべのない身ばかり。今はただ、目の前に処理しなければならない残骸が転がり過ぎていて、誰も彼もがそれに追われている状態だから、憤りや悲しみに浸る余裕もない。は風に冷やされたじぶんを、おのれの腕で抱き締めた。震えはない。けれど、寒い。皮膚に沁み込む冷気が過去を思い出させる。路地のすきまで迎える夜もこんなふうだった。あんな場所、戻りたくはないのだが。
 辛くも生き残ったCGS社員たちは、食堂であたたかい食事についている。豆や野菜を入れて煮込んだスープを作ったのは、のような外部業者であるアトラや、ビスケットのいもうと達、それからなんと、クリュセ統治者の、実子。
 今まで色々な女性に会ってきただったが、さすがに本物のお嬢様は初対面だった。肌理の細かい、傷ひとつない、絹の如き肌。宝石を思わせる紫の瞳。彼女の横顔を見つめながら一種の憧憬を抱いたそのあとで、自らの手が塗れてきたものを思い、はうっすら自嘲した。
 彼女たちが料理に励むあいだ、は負傷した隊員たちの手当てに追われた。身に付けた技術だけはどんなときも信頼できる、と叔父に言い聞かされてきたから、は武器商にはてんで必要ない事柄もたくさん飲み込んでいる。さすがに本職にはかなわないが、怪我人の処置ぐらいならば朝飯前だった。叔父とじぶんが売り捌く「武器」がひとに与えるそれに手当てを施す術ぐらい、理解していなければ命取りだった。
 格納庫の外壁に背を預け、細く長い息を吐く。
 食堂の賑わいが聞こえてくる。ひとの笑い声、それもとりわけ純粋なものは心癒される。未来、という、覚束ないくせに必ず達をあたたかくしてしまう言葉を感じる。と火星社会を繋いでいた叔父を失った今、そんな二文字に希望を持てなくなりつつあるが、それでも。
 そのとき、かすかに銃声が聞こえた。
 ざわめきに紛れてしまい、食堂の人間は誰も気づいていない。しかしの鼓膜は、銃弾が放たれる際の震えを確かに感じ取っていた。今まで無数に捌いてきた我が商品なのだ。間違いようがない。いよいよ夜の闇深まるこの渇いた大地で、何発か聞こえたその音は、どうやら本部地下で放たれたもののようだった。
 のショートブーツがコンクリートを踏み締める。
 いくつも転がっていた空の薬莢を蹴りながら、は無心で格納庫へと戻った。
 幾度となく訪れ、歩き回り、勝手知ったる施設だ。の足取りは確かなものである。地下フロアへ続く階段を降りたところで、先に続く廊下の中ほどに幾人かの気配を感じた。声も聞こえる。何かに怯えたような短い声がいくつか。それから、耳慣れた低い声が、ひとつ。
「―――さっさと出てって貰うか。あァ、でも泣きべそかいて逃げ出す前に、くれぐれも【社長室】に顔出してくださいよ、元、一軍の皆さん―――」
 まるで羽虫でも追い払っているような声音。
 短い階段の、最後の一段で足を止める。はゆっくり踵を返した。足音を立てぬよう、慎重に階上へ向かう。胸の奥に鎮座する心臓は、なんとまあご立派なことに、規則正しい鼓動を続けてくれていた。少しばかりの驚きはあったが、それ以上に、ああとうとうこの時が来たのだ、という納得の方が大きかった。
 現状を良しとせず、どこか遠い場所を願う、あの、けだもののような野心を秘めた瞳の持ち主を。
 は、ようく、知っていたのだから。



 もう、何年前になるのか。
 法を一切無視した建築方法で作られた、猥雑極まりない裏通りの隅。乾き切った路地のすきまで寝泊まりするのが、火星の孤児の常識だった。そこいらの人間から請け負った、仕事ともいえない雑用をこなしては、投げ渡されたパンの欠片を胃に納めて暮らしていた。生きている、というより、生の崖に縋りついている、と形容した方が正しい日々だった。
 濃度を薄めていくだけの日々。でも、ひとつの出会いが、結果的にはの人生を変えた。
 この世の何もかもに敵対するかのような、鋭い瞳を持った褐色肌の少年と。
 この世の中で稀有にも無罪のまま生き続けて来たような、純朴な瞳の少年。
 はじまりは、そう、ひとり寝よりも彼等と肌を寄せ合った方があたたかく眠りにつけるのではと、そういった子どもらしいアイデアからだったような気がする。
 も彼等も人一倍の警戒心を備えていたにも関わらず、それでも何の因果かお互いのつたない人生を縒り合わせ、以後の短い、濃厚な日々を積み重ねた。
 皆じぶんの正確な年齢も把握していなかったが、それでもがいちばん上であろうことは明確だった。持つ知恵の数が断然違っていたのだ。体格で言えば、褐色の肌を持つオルガの方がずっと上だったが。もうひとりの三日月・オーガスはよりもなおずっと小柄で、いとけない瞳を瞬かせながらも、それでも三人の中では根本的なぶぶんで一番「賢かった」。
 いびつに組み合わされた三人分のいのち。
 もオルガも三日月も、ただの運のない子どもで、けれどオルガはいつも、薄汚い路地ではないどこか遠くを見つめていたし、そんな彼の手をずっと放さなかったのが三日月だった。
 その頃にはも、じぶんが彼等の姉的存在として生きはじめたことを悟っていた。三日月が嬉々とした顔で「ってさ、お姉ちゃん、ってヤツみたいだ」などと放ったことも起因している。彼等を守ってやりたい。その使命感にも似た気持ちはどちらかと言えば母に近かっただろう。けれど結局、が彼等と離れ離れになるそのときまで、は彼等の姉として歩み続けた。
 違う濃さの血液と肌と髪を持った三人の子どもは、家族だった。
 いずれも幼い、そして遠い、話である。



「オルガ、いる?」
 誰もが寝静まる丑三つ時に、目的地のドアを潜る。
 足音を鳴らさぬようやって来た闖入者に、部屋の奥に座したオルガ・イツカはいくばくか驚いたらしい。目を見開いて、眉を寄せた。
「……?」
「うん。今、いい?」
「ああ、そりゃ構わねえけど……」
 良かった、とはその空間の奥へと足を踏み入れた。ショートブーツで床面を踏み締め、応接セットの脇を通る。あまりいい思い出のない、CGSの社長室。隅々までぐるりと眺める。この部屋の本来の主は大層お急ぎで逃げ出したらしい。下品としか言いようがなかった装飾も、その殆どが持ち去られたか、壁から落下して破損しているかだった。荒れてはいたが、むしろ以前よりも身軽な印象である。
「ここ、随分とスッキリしたんだね。銃とか、全部持ってったんだ。『前』社長様は」
 が口端を上げると、オルガは操作していたタブレット端末をテーブルに置いた。彼は、ふんぞり返る訳でもなく、ただただ彼のまま、「社長」の椅子で脚を組んでいる。
「――らしいな。まあ、抜かりなく金は持ってったみてえだが」
 と、背後の壁を顎でしゃくって、オルガ。
 壁面埋め込み式の金庫はだらしなく開け放たれており、中身が何も残されていないことはの位置からもじゅうぶん把握できた。は肩を竦め、肩に下げてきた救護バッグをソファに降ろした。一連の動作を見ていたオルガが訝し気な表情を浮かべてみせる。
「救護バッグか? なんでそんなモン持って来たんだよ」
 しかもこんな遅くに。と、まるで親のようなことを言うので、は呆れたように息を漏らした。思えば彼はいつもそうだった。聡明な頭脳で全体を捉えつつも、その図からはオルガという存在が巧妙に消されている。彼は背後の大勢を守る壁であり、道しるべだった。
「……さんざん色男にされたんでしょ。背中とか、凄いんじゃない?」
「……ミカに訊いたな?」
 オルガが口にするのは共通の古馴染みの名。三日月も三日月でさんざんな傷を作っていた。しかしそれでも習慣のトレーニングを欠かそうとせず、今夜もランニングに出ようと兎のように跳ねて準備運動をしていたので、ここへ来る前に軽く諌めてきたのだった。ほどほどにしてねと肩を叩いたぐらいだったが。
「うん。だからほら、こっち来て」
 ソファの背を叩いて示すと、執務机の向こうで、の「弟」は肩を落とした。お手上げです、どうにでもしてくれ、という意。彼はその、見事に頑丈な肉体で立ち上がり、の傍へ歩み寄った。身長はもとより、肉の下で張り詰める筋肉も、長く逞しい四肢も、骨と筋をくっきりと浮かせた喉許も。こんなにも差の開いてしまったふたつの肉体に、少しばかりの切なさを抱く。変わらないのは肌と髪と瞳の色ぐらいのものだ。
「座って。上だけでいいから、脱いで」
 こうなればオルガはもう言われるがままだ。渋々、という表情こそは浮かべているものの、ふたり掛けのソファに腰かけ、ジャケットに手をかける。タンクトップを脱ぎ捨てれば、頑健な肉体があらわになった。座したオルガの傍で、しかしは立ったまま、彼の背を眺めた。脊髄に埋め込まれた、生理的な嫌悪感をもよおす外観の、コネクタ。
 ――あの頃、そう、三日月とオルガとが肩を並べていたころ。年がだいたい十四を越えたあたりから、は街を歩く男たちに身体を任せることで金銭を得るようになった。
 それ自体はありふれた展開だったが、しかし。偽善からだったのか、それとも下心か。はある日突然、武器商を名乗る男に連れていかれた。弟達に、さようならもごめんねも言えなかった。路地裏に戻ることも許されなかった。まったくとんだ偽善者で、しかし確かにの救いとなった武器商の男は、以後『叔父』を名乗ると、を育て上げ、片腕として連れて歩くまでに教育を施した。
 クリュセ郊外。矮小で汚れきった民間警備会社――CGSは、叔父の、取引先のひとつ。それだけに過ぎないはずだった。
 それに「運命」なんて陳腐な二文字を当て嵌めてしまうには、は現実的な人間過ぎたが。
 ともかくは「弟」に再会してしまった。
 久しぶりに顔を合わせた彼等は背中にヒゲを生やしていた。
 そして随分、大きくなってしまっていた。
「……これ、好きだね、オルガ」
 よみがえる過去を脳裏で握り潰しながら、はオルガのストールに触れた。シュマグという種類のそれは、あの頃、がなけなしの金銭で彼に買い与えてやったものだ。オルガの首許が寒そうだったから。三日月には、ちょっと大き過ぎるが丈夫なブーツを贈った。大層喜ばれたことだけを覚えている。
「まあな。今さら外す気にはならねぇよ」
 そのワインレッドを首から外しつつ、オルガはに一瞥をくれた。彼はが背中を見やすいように身を捩る。視界いっぱいに移る、深い紅茶色をした広い背は、酷い有様だった。擦過傷ならまだ優しい。何かで切り付けたような一文字の瘡蓋も、どす黒い色を透かす内出血も。オルガの背中に残されていたのは暴力のすべてだった。
 ――尤も、これを作った張本人たちは、もう、ここにはいない。
 それだけが救いか。
「………」
 今夜の顛末は何も訊かない。未来への口出しは、今はまだ、しない。は持参したバッグを開き、まずは消毒用の器具を取り出した。大き目の脱脂綿に消毒液を含ませ、ピンセットでオルガの背に運ぶ。酷く染みるだろうに、眉ひとつ歪めないのだから、感心するやら何やら。
 お互い無口な性質でもないくせに、何も口を聞かない。
 じ、と蛍光灯が唸る微かな音さえ鼓膜に届く。
 ピンセットの脱脂綿は直ぐに赤く染まってしまい、何度も取り替えなければならなかった。加えて、
「消毒と、塗り薬だけでいい」
 などと立派な怪我人がのたまうせいで、は呆れを深くしていくばかりである。
「湿布ぐらい貼ったらいいのに」
「そういうのは他のヤツに使ってやれよ」
「……」
 ああ、そう。は何も答えなかった。
「背中はおわり。他は?」
「腕と足は大したことねぇな。殴る方もプロなんだよ。致命的な事はしねぇのさ。自分の弾除けを残しとくためにな」
 淡々と言うそいつの頬を張りたい気持ちになるのを抑え、はオルガの額を指でつついた。よりにもよって、そこで、いてぇ、とオルガは言うのだ。素の笑みで口端を上げながら。
「……じゃあ、最後は顔ね。口唇とか切れてるでしょ。内側はへいき? ちょっと口開けて」
「おー」
 歯磨き後の児童のように、大の男が大口を開けている。正面に向き直ったオルガの足の間に身体を割り込ませ、は至近距離で彼の口内を覗き込む。きれいな白い歯は欠けてもいない。歯肉や口腔部も大丈夫そうだ。胸を撫で下ろす。あとは右の口端が少し切れているのと、頬や目許にごく薄い打撲があるぐらいか。
 口端の擦過傷は軽いものだったので、治療というほどのものは不要だろう。ならばこれで終了だ。救急器具をバッグに戻し、脱脂綿類は廃棄した。
「おわり」
「サンキュな」
 琥珀色の瞳が細められる。いかに身長差が離れていようとも、今のオルガは腰を下ろし、は彼のそばに立ったままだ。今ならの方がオルガを見下ろせる位置についている。再度彼の足の間に身を滑り込ませ、あらわなままの両肩に手を置いた。吸い付くように、あたたかい。
「ねえオルガ」
 逸らされることのない視線はまっすぐで、の方が動揺してしまいそうだった。しろがねの髪を指先で梳いてやれば、あの頃の記憶が心に広がる。されるがままの頭部を胸に抱く。その額に頬を寄せ、ぽつりと言う。
「他に、私にできること、ある?」
 ただ、心配だった。
 オルガ・イツカのベクトルはどこまでも前を向いていて、いつだってこの荒野から去るための準備を整えていた。いつの間にか彼の背には憧憬を抱く子らが連なり、いのちの重量は増していくばかり。何より、彼がそれを受け入れ、先導者足ろうと邁進しているから手に負えない。流されて生きてきたからすれば、立派だと思う。それは確かだ。ただ、は、怖かっただけだ。不安が拭えなかっただけだ。どこか焦燥に駆られているように見える、その姿が。いつかどこかで潰えてしまう未来が、目裏を掠める。
 あたたかな吐息が胸をくすぐる。伺うようにオルガを見ると、彼はいつもと変わらない瞳で、を見つめ返した。そうして、の背に長い腕が回る。今度こそ歯車細工のように折り重なった身体では、ふたつの心臓が鼓動の音を共鳴させていた。
 ――彼の肌からは、血と硝煙と、渇いた大地のにおいがする。
 はオルガの頭を解放すると、そのままゆっくりと身を屈めた。
 口唇は存外やわらかかった。その感触を脳裏に焼き付けながら、はじぶんの服に手をかける。カットソーはオルガが引き上げてくれた。急いで脱ぎ捨てたショートブーツが鈍い音と共に転がる。心許ない格好で、心許ない格好をしたそいつと顔を合わせると、には今がまるで夢のように思えるのだった。
 ソファとオルガの膝に乗り上げると、の鎖骨周辺に生温い器官が這わされる。その感触に酔い痴れた。が今まで経験してきたどんな行為よりも、ずっと多くのせつなさをもたらす感覚。やわらかいだけの肌を伝い、食み、舐め、浸食し続けてくるオルガの髪を、ずっとずっと撫でていた。彼の遠慮のなさが、愛おしくすらある。大きな身体を持て余す、がむしゃらな子どもを彷彿とさせた。
 こんな彼を、以外の誰も知らない。
「………あ、うっ」
 とろけるような優越感に浸っていると、開かされた脚のあいだに長い指先が入ってくる。すっかり上がったふたつの吐息の、その片方が短く途切れた。の生白い肌を覆う褐色に、頭がくらくらする。接触点から伝播する体温はひどく熱く、これが三十六度五分だなんてまるで信じられない。
 初めは抜き差しの頻度を抑えていた指は、いつの間にか苛烈なほどの快楽を引き出す動きに変わっていた。オルガの肩に抱き縋る体勢では何も分からないが、たぶん、は二本の指で高められている。くぐもった吐息の回数ばかり増えていき、それはすべてオルガの耳朶に吹き掛けられた。お蔭ですっかり湿っているそれに口付けて、は彼の名前を呼んだ。息の中だけに、思いを籠める。――えらいね、よくがんばったね。
 お互い随分遠くまで来てしまったのか、それともこれから向かうのか。分からない。食べてゆくことだけで精一杯だったあの時代が、この、慰めのセックスまで覚えてしまった時代に続いているのかと思うと、不思議でならない。せっかく怪我の手当てを施したばかりだったというのに、という考えは確かにあったのに、手や舌や瞳の愛撫を止める気にもなれない。
 幾度も繰り返すキスの合間に、とてもきれいだと思う彼の瞳を何度も眺めた。そこに未だ彼らしい強さと弱さが宿っていることを確認して、安堵する。指通りのいい銀色を撫でながら、彼がに致命的な侵入を果たすときを許した。
「は、」
 は妙にしみじみと思う。さすがにオルガもこういうときは、目を顰めたりするのだな。女の胎の肉が与える快楽に、汗をかいたりするのだな。彼の額に浮かんだ玉のような汗さえ喉の奥に飲み干しながら、は身体を揺すぶった。じっとりと汗ばんだ肌は触れたところから融解でも開始したように馴染んで、離れようとしない。彼の背中に傷を残さぬようにと気を払いながら、突き上げてくる熱の存在感に狂わされる。
 いよいよ脳髄がおかしくなる瞬間が見えて来ると、オルガは急にを抱き上げ、ソファへと乱雑に組み伏せた。互いの表情が明らかになる体勢に変わる。
 するとどうだ。
 こちらを見下ろすその男は、まるで、今にもしずくをこぼれ落としそうな瞳でを見ていて――――。
「オ、ルガ?」
 思わず彼の頬に手を伸ばす。一瞬、思考が凍り付き、どうしたらいいのか判断が付かなくなる。だからは彼の首に腕を回し、先を強請った。オルガが頭を埋めたの肩口が、少しばかり濡れたような心地がしたけれど、再開された行為の衝動で、残りわずかだった冷静さは根こそぎ狩られてしまった。
 じぶんの内奥をきれいに汚していくオルガの体液に思いを馳せながら、は、じぶん達の事を考える。
 ここにいるのは、みなしごだ。レールを間違えていることなど初めから承知の上でなお、鉄錆を撒き散らしながら時速200キロメートルで走り抜けていく、愚かでかわいい、みなしごだけなのだ。

「――ねえさん、」

(15/10/24)