Rather be

 釈然としない。今のの心情を簡潔に表せばそうなる。大型の液晶テレビでは、黒一色をバックにしたスタッフロールが長々と流れていた。感動的なオーケストラの繊細な旋律が観る者の涙を誘う。しかしは微動だにせず、無言でテレビ画面を眺めていた。
「なかなかよかったじゃん」
 そんなを知ってか知らずか、横で、太刀川が言った。ふたり掛けのソファで長い脚を組み、輸入食品店で買ったポップコーンの袋を抱え、長い指でつまみながら。は沈黙を続けたまま、男のポップコーンへ手を伸ばした。もしゃもしゃと噛み砕いた安っぽい塩味を嚥下する。べた付いた指先をティッシュで吹きとると、うーん、と不満気に唸った。
「私的にはビミョウだった」
「そうか?」
 今夜、が帰りがけにレンタルショップで借りてきたDVDは、去年度ナンバーワン・ヒットを記録した某ハリウッド映画だった。内容はまさに王道、有り体に言えば月並みな展開ではあるけれど、銀幕を飾る演者たちのすばらしい技量とハイセンスな演出からは、清々しいほどの名作オーラが感じられる。けれどの気分は思わしくない。けれどとて、むやみやたらに難癖を付けているわけではない。出演者も音楽も内容も好きだ。ただひとつを除いては。
 は深い息を吐くと、太刀川が奮発して購入したやわらかい皮のソファに背を預けた。安定感ある皮の感触で気分がゆるむ。
「私さ、悪役が最後に許されるのってあんまりいい気分がしないの。特に復讐鬼とか」
「まあどっちかっていうと俺もそう思うけど、これは単純にアクションが良かったな。ドカーンバゴーンって感じでさ」
 派手な身振り手振りを添えて語る太刀川を前に、は息をもらして笑う。
「なにその表現」
 子どものようで、気が抜ける。
「スカッとするだろ、ああいうの。俺、結構好きなんだよ」
 確かに太刀川は分かりやすいほどの勧善懲悪を好む。悪を打ちのめす正義のひかり。日曜朝の特撮テレビで繰り広げられるようなストーリー展開を愛している。それはも同じだ。ただ、この映画には、主人公やその恋人を苦しめた復讐鬼が、最終的にはその主人公に許しを貰うシーンがあった。それがどうも納得できなかった。
 は、アルミ袋を太刀川から奪い取ると、残りあとわずかとなっていたポップコーンを口に詰め込んだ。頬がふくらむ。太刀川はそのようすを横目で眺めながら声を出して笑っていた。ハムスターかよ。ケラケラと、背を丸め腹を抱えながら。は呆れ顔で太刀川を見つめた。何かにつけ思い知らされる。この男が、そのでかい図体と年嵩っぽいヒゲ面の割に、幼稚で単細胞な性質だということ。
ー」
 太刀川が、ふいに腕を伸ばしてくる。おおよそ樹の根のようなそれに絡まれては逃げられない。大人しく体温のうちに納まった。あたたかいニットを着た人間に抱擁されて、はしばし肌寒い室温を忘れた。
「なに、どしたの」
「ラストシーンの真似」
 言いながら、太刀川はを正面から抱きしめる。ああ、なるほど。確かにこの映画はそういうシーンで終わった。主人公とその恋人が再会を果たす場面だ。抜けるような青空に揺れるやわらかい雲が印象的で――やっぱりいい映画だったことには変わりないなと、はやっとのことでモヤついた気持ちの着地点を見付けた。
「終わっちゃったし、違うのでも観る?」
 時間もあることだし。体に回った太刀川の二の腕をぽんぽんと叩きながら提案するへ、太刀川は曖昧にうなずいた。
「いいけど、」
「? 何か他のことでもしたいの、」
 言葉尻を濁す太刀川に問えば、彼はどこか未練のある目のまま首を振った。思い直した、というような感じだ。は首を傾げるが、深い追及はしない。太刀川が何かを考えている、それすなわち、ろくでもない内容――というのがの中の常識だった。太刀川に知れたら眉を顰められてしまうのがオチの、常識。
「いや、やっぱりいい。他にも借りてきたのか?」
「ジブリがあるよ」
 ぶっ、と太刀川が吹き出す。は不満気に眉を寄せる。「汚い」。問われたから答えたまでなのに。するりと太刀川の腕を抜け出し、ローテーブル横に置いたままだった自分の荷物を探った。
「トトロにしよ、トトロ」
 不織布のバッグからDVDケースを取り出しつつ、は振り向いた。どうせソファの上にいる男はきっと、あのおおきくてやわらかないきものが登場した途端、目をまんまるくして輝かせるに違いないのだろうと、どこか微笑ましい予想を立てながら。

(14/09/25)